破壊神の系譜

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  19.決闘  




 「別れのあいさつは済んだのか?黒バラの魔女よ」

 キングの前に臆することなく向かい合う黒バラの魔女こと遊星は、その白い仮面越しに魔騎士としてのジャックを見上げた。

 「(これが本当のジャック・・・キングと言われる、帝国最強の魔術師・・・)」

 仮面越しに見つめられ、ジャックはあの蒼い瞳が見えないことに苛立った。剥ぎ取ってやろうかと手を伸ばすと、遊星はその手を避けるかのように一歩後ろに下がった。
 逃げると思ったのか、周囲を囲んでいた魔騎士たちが一斉に剣先を遊星に向ける。

 「今さら怖気づいたのか?」
 「いや・・・だがキングよ、俺も黒バラの魔女として、この身をやすやすと帝国にくれてやるつもりはない。」
 「なに?」

 予想外の言葉にジャックだけでなく、魔騎士たちもわずかに動揺を見せた。
 そして、次いで出た言葉はさらに意外なものだった。

 「俺と“決闘(デュエル)”しろ、キング。」
 「・・・“決闘”・・だと?」
 「そうだ。俺が負けたら、どこへでも連れていくがいい。だがもし俺が勝ったら、このまま兵を連れて帝国へ帰ってくれ。」

 淡々と告げる遊星だが、この申し出は帝国で“決闘”の意味を知る者たちにとって衝撃を受けずにはいられなかった。


 “決闘”とは、帝国で古くからある剣技を用いた闘争を魔獣に置きかえ魔術師同士が行う勝負である。帝国では定められたルールのもと競技として大会が催されることもあるが、その本質は変わらず勝敗は決して侵すことのできない絶対のものとされ、敗者は勝者に従わなければならない―――たとえそれが、命をかけるものであっても。


 「サテライトの魔術師ごときが、帝国の神聖な闘技を知っているとは意外だったが・・・貴様、己の状況がわかっていてそれを言っているのか?」

 ジャックはおもむろに抜き身の剣を遊星の喉元に突きつけると、その無表情な仮面ごとクッと顔を剣の平で押し上げた。

 「いまの貴様は魔力を消耗し、ろくな魔獣も召喚できまい。そのような状態で、貴様と俺の長きにわたる戦いに決着をつけると言うのか。」
 「勝負は最後まで分からない。それに、おそらくこれが・・・俺たちの、最後の戦いだ。」

 後半の、わずかに調子の遅れた言葉に違和感を覚えたが、ジャックはしばし考え込むように目元を細めた。

 一国の王が探しているという腕に赤き印を持つ者。皇帝に引き渡された遊星がどうなるのか、遊星自身知る由もない。だが確実に言えることは、もうジャックには会えないということだ。ならば最後に見たい。彼の操る、最強の魔獣を。

 「・・・いいだろう。」

 承諾と同時に剣を退いたジャックに驚く騎士たちに対し、成り行きを見ていたイェーガーはわずかに眉を動かしただけであった。

 「貴様の気が済むなら、相手をしてやる。だが―――」

 ジャックは、退きかけた剣を瞬時に気道を変えて遊星の前で一閃させた。
 カンッという音とともに仮面が弾き飛ばされ、地面に落ちたそれは真っ二つに割れていた。
 素顔をさらした黒バラの魔女に、すでに正体を知っていたイェーガー以外の騎士たちは驚きに息をのむ。
 無理もない。魔女というくらいだ。てっきり女だと思っていた相手が実は若い青年で、しかもその整った面立ちと見たこともない澄んだ蒼い瞳には誰しもが目を奪われた。

 「その仮面は外せ。不愉快だ。」
 「・・・あぁ。」

 颯爽と踵を返し距離を取るためその場を離れるジャック。遊星はその後ろ姿を目で追い見つめていたが、やがて周囲に被害の及ばないよう魔騎士と集落の人々を覆う結界の中間の位置に移動した。
 固唾を飲み成り行きを見守る人々の前で、遊星とジャックは互いに臨戦態勢をとる。


 「勝敗は、膝をついた者が敗者だ。」
 「わかった。」
 「では、始めるぞ。」




     「「デュエル!!」」




 開始の掛け声とともに、二人の身体から闘気に満ちた魔力が大気を震わせ、周囲の灰や燃えかすを巻きあげる。
 先に魔獣を召喚したのはジャックだった。

 「ダーク・リゾネーター、召喚!!」

 ジャックの掲げる剣の先に魔法陣が出現する。現れたのは、片手に音叉を持った小型の魔獣だった。

 「先行は譲ってやる。貴様も魔獣を召喚するがいい。」
 「・・・俺は、フェニキシアン・シードを召喚!」

 遊星が手をかざすと、地面に現れた魔法陣から赤い葉を生やした種が出現した。大きく膨らみのある種は、中心の切れ目から大きな目玉をぎょろりと覗かせる。

 「さらに!フェニキシアン・シードの効果でフェニキシアン・クラスター・アマリリスを特殊召喚!!」

 炎に包まれたフェニキシアン・シードを中心にさらに大きな魔法陣が出現し、燃え盛る炎と同色の身の丈ほどもある緋色の花弁が花開いた。

 「ほぅ・・・魔獣の特殊能力で魔力の消費を抑え、上級魔獣を喚んだのか。」

 遊星の高速召喚に感心するジャックに対し、遊星はわずかに歪めた表情をそのまま、気丈にジャックを見続けた。
 しかし、そのわずかな変化をイェーガーだけは見逃さなかった。

 「(―――植物族、LV8ですか。LV3のダーク・リゾネーターには強敵・・・しかし、シンクロ率が54%?これでは魔獣の能力を引き出せるギリギリの数値ではありませんか。)」

 計測器を見比べながら、イェーガーは内心首をかしげていた。
 黒バラの魔女はバラの名をもつにふさわしく、植物族の魔獣を多く従える魔術師であった。しかし、その植物族を扱う遊星と魔獣のシンクロ率は低すぎる。シンクロ率の低い魔獣を召喚することは魔獣の持つ効果を十分に発揮できないだけでなく、魔力を無駄に消費してしまうのだ。むしろ、先ほどの戦士族の魔獣の方がよほどシンクロ率が高かった。
 これが意味するものとは―――

 「(キングは、気付いていないのでしょうね・・・)」

 だがイェーガーは、このことをジャックに告げるつもりはなかった。
 これが事実ならば、遊星を捕えることに意味はなく、むしろ帝国へ戻った彼は窮地に立たされるだろう。
 しかし、これでいい。黒バラの魔女を―――遊星を帝国に連れていくことこそが、あの方の望みなのだから。


 「フェニキシアン・クラスター・アマリリスで、ダーク・リゾネーターを攻撃!フレイム・ペタル!!」

 遊星の指示のもと、クラスター・アマリリスは炎を纏った触手を伸ばしダーク・リゾネーターを攻撃した。だが、炎に包まれ苦悶するダーク・リゾネーターは破壊されずその場に残っている。

 「なんだと!?」
 「ダーク・リゾネーターは、一度の攻撃では破壊されない。残念だったな。」
 「くっ、だが攻撃したクラスター・アマリリスはその身を破壊し、お前にダメージを与える。スキャッター・フレイム!!」

 自らも炎に包まれたクラスター・アマリリスは、消滅時の衝撃波をジャッックに与える。肌を焼くような熱風が、ジャックを襲った。

 「くっ・・・!」
 「そして、クラスター・アマリリスは朽ちてもなお、俺のもとで再び花を咲かせる。」

 遊星の手をかざした先、消し炭となった灰の中から小さな芽が出たかと思うと、それは驚くほど速さで成長を遂げ、再び緋色の大輪を咲かせた。

 「フン・・雑草ごときが、味なまねをしてくれる。しかし!所詮は雑草。地獄の業火で焼き尽くしてくれる!!俺は、マッド・デーモンを召喚!」

 ジャックの場に、二体目の魔獣が召喚された。血色の髪をもち腹に骸骨を抱えた悪魔のような魔獣は、見るからに凶暴そうである。

 「貴様の操る植物族は召喚の高速性と生命力に長けているが、所詮は草。その守備能力の低さに、俺の魔獣の攻撃は受け切れまい!行け、マッド・デーモン、ボーン・クラッシュ!!」

 マッド・デーモンの腹で砕かれた骸骨は鋭利な刃となって、クラスター・アマリリスに襲いかかる。
 効果により特殊召喚されたばかりのクラスター・アマリリスはまだ蕾の状態だった。迎撃はできなかった。

 「マッド・デーモンの特殊効果!術者に貫通ダメージを与えることができる!!」
 「ならば、攻撃を通さないまでだ。罠発動!『くず鉄のかかし』!!」

 瞬時にしてクラスター・アマリリスの前に赤い魔法陣が出現、そこからガラクタを寄せ集めたような簡素なかかしが現れその頼りない見かけにもかかわらずマッド・デーモンの攻撃を受け切った。

 「『罠(トラップ)』・・・遅延魔法を張っていたのか。フッ、その少ない魔力でよくやるものだ。」

 ジャックは感心と呆れの混じった笑みを見せ、遊星はわずかに上がった息を気付かれぬよう深く息を吸う。



 魔術師は(魔騎士もだが)、魔獣の召喚だけでなく魔術者自身も魔獣に匹敵するほどの魔法を使うことができる。それらは、大まかに『罠(トラップ)』と『魔法(マジック)』の2種類に分けられている。
 いま遊星が使った『罠』は効果が後から発生する性質から遅延魔法ともいい、あらかじめ魔法の詠唱を終えておくことで必要時に瞬時に発動することができる。多くは相手の攻撃時に発動する効果を持つので、そのカウンター性から『トラップ』と言われている。(遊星はクラスター・アマリリスの召喚時に、すでに『罠』の詠唱を終えていたのだ。)
 しかし、『罠』も『魔法』も術者自身の魔力を使うため、魔獣の召喚よりも魔力の消費量が大きい。故に、強い術者とは保有する魔力量が多い者と言われている。


 「そして、その罠は一度発動したら次の発動まで時間を置かなければならないはず。次のダーク・リゾネーターの攻撃は防げまい!」
 「だが、ダーク・リゾネーターでは俺にダメージを与えられない。魔女の力を甘く見るな!」

 いくら魔力を消耗しているとはいえ、遊星にはまだ魔獣を召喚する余力はあった。クラスター・アマリリスを失えば防戦となるのは必死だったが、植物族はその生命力がなによりの長所。特殊効果を利用して再度召喚することは可能だった。
 まず、この攻撃をしのげば―――しかし、相手は悪くも帝国最強を誇る軍神キングだった。彼の戦術に無駄な攻撃があることはありえない。

 「フン、どんなにがんばったふりをしたところで、貴様に勝ち目はない。最後だと言ったな。いいだろう、黒バラの魔女の最後にふさわしいキングの力を見せてやる。罠発動!『緊急同調』!!」
 「ッ!?―――」

 二体の魔獣が、出現した赤い魔法陣の光に包まれる。ジャックもすでに遅延魔法を詠唱していたのだ。

 「『緊急同調』の効果で、二体の魔獣の力を一つにする!現れろ、エクスプロード・ウィング・ドラゴン!!」

 ジャックの力強い呼び声とともに、光の柱から禍々しい黒紫色のドラゴンが姿を現した。
 背中のあたりが異様に膨らんだ奇怪な魔獣は、その力を誇示するように天に向かって大地をおも揺るがす咆哮を上げる。

 「ドラゴン!?(だが―――)」
 「炎の嵐に、燃え尽きるがいい!やれっ、エクスプロード・ウィング・ドラゴン!キング・ストーム!!」

 ドラゴンの口から放たれた炎の渦がクラスター・アマリリスを襲い、なすすべなく遊星の魔獣は破壊されてしまった。

 「くっ、うああぁっ!!」

 魔獣の破壊とともに大きな爆発が起こり、遊星の身体は耐え切れず後方へ吹き飛ばされる。
 そして、悪くも背後にあった大木の幹に細い身体は強く打ちつけられた。

 「が、はっ・・・ぅ・・」
 「遊星!!」

 大木に叩きつけられた遊星の姿に、見守っていた集落の人々が悲鳴を上げる。
 打ちつけた反動で地に倒れ伏した遊星は、全身を襲う痛みにすぐに起き上がることができなかった。

 「エクスプロード・ウィング・ドラゴンの攻撃は、相手術者の魔獣を破壊したとき、その魔獣の攻撃力分のダメージを術者に与える。どうだ、己の魔獣の力をその身で味わった気分は?」
 「ぅ・・・ぁ・・・」

 痛む身体を叱咤して、無理やりにでも身体を起こそうとする遊星だったが、そのすぐ傍で地を踏む足音がとまる。

 ドガッ!!

 「うぐっ!!」

 必死で上体を起こそうとする遊星の身体を、ジャックが無情にも蹴りつけたのだ。
 無防備だった横腹から蹴られ、遊星は激しくせき込み、再び身体を打ちつけた木の根元にずるずると座り込む。

 「ジャックっ、やめろ!てめっ―――うわっ!?」

 結界を殴るブリッツの腕が勢いのままスカッと空を切り、ブリッツは前につんのめった。
 魔力の消耗に加え、身体にもダメージを受けて結界が維持できなくなったのだ。結界は、再びガラスのごとく砕けて消失してしまった。

 「決着はつきました。“決闘”のしきたりにより、敗者の命は勝者のもの。魔女の身柄は帝国がもらいうけます。ヒッヒッヒッヒ」
 「そんなっ・・・」

 人々の表情を彩るのは、絶望の色に他ならない。
 イェーガーの笑いは、まさに悪魔の嗤いに聞こえた。



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